全てが嘘だった!夢の結婚式場
私が公庫を退職してから10年が経過し、守秘義務が解除となりました。とはいえ、そのまま書けば関係者が分かってしまう案件もあります。ですので、このシリーズではフェイクを混ぜてお話しています。実話が六、作り話が四。そういう「実録もの」として読んでいただければと思います。
今回お話しするのは、岐阜県にあったウェディング関連会社の倒産です。会社名は「白鳥ジューンウェディング」としておきます。
倒産するはずのない会社
ある日、岐阜支店から電話がかかってきました。
「諸さん、融資先が破産してしまって、後処理をお願いします」
債権管理の仕事をしていると、支店からこうした連絡が入ることは珍しくありません。企業とは銀行内部の信用格付や債務者区分に応じて倒産確率があり、その確率に応じて倒産していくものです。そして新しく創業された企業に入れ替わっていく、自然の摂理です。
そんな事を考えながら、とりあえずデータを先に送ってもらうことにしました。届いたデータを見たところ、驚きました。直近期の売上は22億円。経常利益は4億円。借入金は4億円ほど。債務者区分は正常先で、信用格付は最上位でした。
普通に考えれば、倒産する会社ではありません。売上規模は十分にあり、利益もかなり出ている。借入金も、売上や利益の水準から見れば重すぎるとは言えません。金融機関から見ればむしろ優良企業に見える数字でした。
一体何があったのか。
倒産した会社の決算書には、たいていどこかに無理が出ます。売掛金が膨らんでいる。棚卸資産が増えている。役員貸付金がある。短期借入金が急に増えている。そうした違和感をたどっていくと、会社がどこで苦しくなったのかが見えてくるものです。しかし、白鳥ジューンウェディングの決算書は、一見すると不審な点は見当たりませんでした。
夢の空間を作る技術
白鳥ジューンウェディングは結婚式場業です。結婚式場を所有し、新婚夫婦から受注を得て結婚式や披露宴を行う企業です。こういう事を言うとアレですが、見た目の割に地味な産業で、地道な顧客開拓が重要な仕事です。しかし、白鳥ジューンウェディングは普通の結婚式場業とは少し違いました。
ウェディング業を営みながら、式場そのものをプロデュースする会社でもありました。少しベンチャー企業のような雰囲気を持ち、従来の結婚式場ビジネスとは違うことをしようとしていた会社です。
現地に行くと、この会社を支援していた関係者から話を聞くことができました。ある外資系ホテルの担当者でした。その人によれば、白鳥ジューンウェディングの強みは、空間を一瞬で変えてしまう力にありました。
たとえば、殺風景な倉庫があります。何の変哲もない会議室があります。普通なら、そこは結婚式場にはなりません。ところが、この会社は、壁の内側に大きな装飾を施し、床や天井にも大道具のような内装を取り付け、照明や花で演出することで、その空間を幻想的なウェディング会場に変えてしまうのです。
昨日まで倉庫だった場所が、今日は結婚式場になり、チャペルになるのです。もちろん、本物の建築ではありません。石造りの教会でもなければ、専用に建てられた披露宴会場でもありません。しかし、写真に撮れば十分に華やかです。参列者が一日を過ごすには、非日常の雰囲気もあります。
本物の結婚式場を建てるには、多額の投資が必要です。土地を取得し、建物を建て、内装を整え、設備を入れる。時間もお金もかかります。投資回収には何年もかかり、少子高齢化の中で先行きが不安視される業界でもありました。
しかし、白鳥ジューンウェディングは違いました。既存の空間に「夢」を貼り付けることで、結婚式場を作ってしまう。大道具屋というべきか建設業というべきか、単純に冠婚葬祭業を営む会社とは言えない企業でした。外資系ホテルの担当者も、その点に可能性を感じ、これは一つのイノベーションだと言っていました。ウェディング業界の新しい形になるかもしれない、他の業態への応用も効くかもしれない。そう期待されていた会社だったのです。
夢の舞台の裏側
そんな会社が、どうして倒産したのか。この会社は、顧客に対し夢を売っていましたが、実は債権者に対しても夢を売っていたのです。そう、粉飾決算です。
倒産企業の決算というのは、多かれ少なかれ粉飾されているものです。粉飾決算で資金調達をすることは詐欺罪に当たります。しかし、会計基準というのは一つではありません。雇用を守り、顧客を守り、最後まであがく経営者はたいてい、決算書に何らかの誤魔化しをしますし、それを見破るのも金融機関の仕事です。
ただ、この会社の粉飾は、よくある粉飾とは少し違いました。普通の粉飾であれば、まだ構造があります。売上を前倒しで計上している。架空売上を立てている。在庫を過大に見せている。費用を資産に振り替えている。決算書を複数作り、税務署用、金融機関用、対外公表用と使い分ける。粉飾決算には様々な技法があり、金融機関側もそれを発見する技法を日々深化させています。非財務は財務に表れる。企業の実際の活動から財務の歪みを発見していくのです。
しかし、白鳥ジューンウェディングの場合は、そういう段階ではありませんでした。裏付けが全くない。売上も、費用も、在庫も、資産も、がらんどうの倉庫の内装として据え付けられた、夢の演出装置だったのです。
企業倒産だよ、全員集合!
白鳥ジューンウェディングの倒産事件の特徴は、金融債権者が非常に多かったことです。岐阜県内の金融機関はもちろんのこと、かなり遠方の地銀も債権者でした。地元の信用金庫も軒並み融資を実行しており、ノンバンクも出てきました。リース会社は多重リース(リース対象資産を別のリース会社に持ち込んで再度リースを組み、一つの機械で2回資金調達すること、もちろん詐欺)で揉めており、サラ金もいる、破産管財人が言うには闇金もいたとのこと。
驚いたのは破産手続の開始決定後に在日系信用組合が現われ、「ウチも債権があるから破産手続きに参加させてほしい」と申し出てきたことです。破産になっても借金の全体像が見えない。当然資産の実態も見えない。
結局、実態把握を諦めました。破産配当も出せる見込みがなく、保証人である社長も同時に破産。外資系ホテルの担当者が「結婚式場は引き取りたい」ということでしたので、幸い担保に取っていたためそこだけ回収しました。他に手を出す人がおらず相当値切られましたが。
みんな夢を見ていた
愛する人と誓い合う、最高の一日
煌びやかな結婚式場を、日本のどこにでも作ってしまう技術
高成長で高収益。財務体質も万全な企業
白鳥ジューンウェディングは、顧客だけではなく、全てのステークホルダーに夢を見せていた企業でした。平成の長期不況の時代、そういう夢に酔いたい気持ちがあったのでしょう。残念ながら、その夢の代金を払ったのは、公庫を含む金融機関でした。
