AI小説『ケイのオレンジ・ライフ』第1章

実験室

ケイの透明な生活

ケイの家は、郊外の住宅街の中でも静かな一角にあった。最高級というほどではないが、陽当たりのよい庭があり、落ち着いた雰囲気を漂わせる街並みの中で一際整然とした佇まいを見せていた。玄関をくぐれば、リビングにはドイツ製のソファやテーブルが並び、木目の美しさと重厚さが部屋全体に落ち着きを与えている。家具はすべてケイが選び抜いたもので、ケイのこだわりと美意識がそのまま形になっていた。

夫は大企業に勤め、朝は早く、夜も帰りは遅い。二人の息子はすでに思春期を迎え、それぞれの世界を築き始めている。家族との時間は以前よりも少なくなったが、それでもケイは自分の暮らしにおおむね満足していた。日々の食卓を整え、家を心地よい空間に保ち、庭の季節の移ろいを眺める。そんな丁寧な営みが、彼女にとっての幸福のかたちだった。

ただひとつ、不満があるとすれば――政治だった。

ケイはホメオパスである。自宅の一室を改装して小さなクリニックを開いている。ホメオパスとは、患者の心身全体を丁寧に観察し、自然治癒力を引き出す「レメディ」と呼ばれる砂糖玉を選び処方する専門家である。ケイにとってそれは職業であると同時に、生き方そのものだった。午前中は初診の患者が訪れ、ケイはゆっくりと時間をかけて彼らの話を聴く。生活習慣、心の悩み、体の微妙な違和感。言葉を拾いながら頭の中で知識を巡らせ、最も適したレメディを探し出す。その過程は彼女にとって静かで充実した思考の時間だった。午後は再診の患者が中心で、これまでの処方がどのように効いているかを確認し、次の一歩を考える。

しかし政府はホメオパシーを医療として認めようとはしない。宣伝には規制があり、薬事法の壁は高い。結果としてケイのクリニックは決して順調ではなく、患者の合間に長い空白の時間が生まれることもしばしばだった。窓から差し込む陽光の中、ドイツ家具に囲まれながら静かに次の患者を待つ時間。満ち足りた暮らしの中にあって、その空白こそが彼女の不満の影であり、政治への怒りの種であった。

それでもケイは、紅茶をいれる所作も、レメディを選び取る思考の瞬間も、誰よりも大切にしていた。政府がどうあろうとも、自分の信じる「癒しのかたち」を丁寧に積み重ねていく――そうした意志を胸に秘めながら。

ケイの白い抗議

ケイは、選挙のたびに必ず投票所へ足を運んでいた。

しかし、投じるのはいつも白票だった。それは単なる無関心ではなく、静かな怒りの表明だった。既存の政党には、彼女の声を代弁するものがない。ホメオパシーを軽視し、医療の枠外に追いやる政治に対して、ケイは「支持しない」という意志を白紙の一票に託してきたのだった。

かつて、革新系の政党に関心を持ち、活動の場に足を運んだこともある。理想を語り合い、社会をより良くしようとする姿勢には共感した。だが、ある集まりでホメオパシーへの思いを語った途端、空気が冷え、周囲の視線が一斉に冷ややかに変わった。あの時の居心地の悪さは忘れられない。以来、ケイは一切政治活動に参加しなくなった。

そんなケイが再び「政治」という言葉に引き寄せられるきっかけとなったのは、友人のミキだった。ある日、ふたりは大学のOB会に参加した。年に数度開かれるその会は、単なる同窓会にとどまらず、一種の社交クラブのような雰囲気を持っていた。第一部ではアカデミックな講演があり、著名な教授が社会や経済、科学についての最新の知見を語る。第二部では華やかなパーティーが開かれ、スーツやドレス姿の同窓生たちがワイン片手に旧交を温める。そして最後には、ドイツ由来の旋律を持つ校歌を、声を揃えて歌うのが決まりだった。

パーティーのテーブルで、ケイはワイングラスを指先で軽く回しながら、ため息まじりに言った。

「結局、どの政党もホメオパシーを理解しようとしないの。私たちの声は、政治には届かない」

それを聞いたミキが、少し笑みを浮かべながら応じた。

「じゃあ、ケイ。最近『オレンジ』をシンボルにした政党のこと、聞いたことある?    政治に不満があるなら、自分たちでつくろうって呼びかけているの」

「自分たちで……政党を?」ケイは思わず聞き返した。

「そう。誰も代弁してくれないなら、自分たちで声を集めるの。今の政治に納得できない人たちの居場所をつくろうっていう運動なのよ」

グラスの中でワインが揺れる。ケイの胸の奥で、何かが微かに動いた。白票でしか示せなかった自分の不満。それを、形にできるかもしれない。オレンジ色の旗が、彼女の心に灯り始めていた。

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