公庫を退職してから10年が経ちました。
守秘義務との関係で、当時は話せなかったことも、いくつかは振り返って書けるようになりました。とはいえ、今でも話せないことはあります。そこで、この「実録!企業倒産の現場から」では、会社名や人物名、細かな設定を変えています。
実話が6、作り話が4。
そんな「実録風」の読み物としてお付き合いいただければと思います。今回の話は、私が名古屋支店へ転勤になって、初めて経験した倒産案件です。
名古屋へ、行く
ちょっと時系列がずれますが新卒6年目、中小企業診断士になった直後、私は名古屋支店で「債権管理」「管理回収」の専任担当になりました。簡単に言えば、経営が厳しくなった会社や倒産した会社について、どう回収し、どう整理していくかを担当する仕事です。
名古屋支店への赴任初日。ユニモールの6番出口のビル。そう言われても何もわかりません。何しろ名古屋は人生で初めての場所でしたから。どうにかこうにか着任し、女性職員に席に案内されると、そこには前の支店から送った荷物が置かれていました。
そこへ、別の女性職員がやってきて、こう言いました。
「諸さん、この会社、潰れちゃったんですけど、諸さんが担当になりましたのであとよろしくお願いします」
いやいやいや。
今日来たばかりなんですけどー!
荷物もまだ解いてない、土地勘もない、明日この場所を覚えていて無事出勤できるかも怪しい、それでも倒産案件はこちらの準備を待ってくれません。こうして私は、赴任初日からいきなり倒産案件を引き継ぐことになりました。
S産業
仮にこの会社を「S産業」としておきます。
S産業は繊維関係の会社でした。私が引き継いだ時点ではすでに破産しており、弁護士の管理下に入っていました。社長と直接やり取りして再建を考えるというより、残された担保や保証関係を確認しながら、債権回収を進めていく段階です。
この案件が少し複雑だったのは、親族に名古屋の有力企業があったことです。こちらは名古屋支店での有力取引先でもあるということで、同社から一定の支援も受けていたようですが、さすがにこれ以上は支えきれない、ということで倒産に至ったようでした。
果たして、その親族会社から連絡が入りました。
「担保になっている不動産を買い取りたい」
名古屋支店での借金取り生活は、非常に幸先のいいスタートになりました。倒産案件において、不動産担保が売れるかどうかは非常に大きな問題です。売れれば大きく回収が進みますが、売れない不動産、いわゆる「負動産」を担保として取っていた場合、回収には長期を要します。
買いたいと言ってくれる人がいる。それも身内筋で、事情も分かっている。これはありがたい話です。しかし、S産業の担保は名古屋市内の優良物件と、僻地にある工場の2つで、親族会社が買いたいと言ってきたのは優良物件の方でした。
名古屋人は三度値切る
さっそく価格交渉に入りました。ここで私が名古屋で学んだ言葉があります。
「名古屋人は三度値切る」
最初の仕入れの時に値切る。納品の時に値切る。支払いの時にもう一度値切る。
名古屋人はケチという事を示した言葉です。本当かどうかは分かりませんが私がこの言葉を信じるに至らせたのは、この親族会社でした。
こちらが価格を提示すると、まず値切られます。まあ、これは分かります。交渉ですから。
その後、「では、このあたりでまとまりそうですね」という段階で、もう一回値切られます。私は「この野郎」と思いながら、内部の稟議書を書きました。担保不動産をこの価格で売却します、という内容です。稟議を回し、決裁を取りました。
あとは実行するだけ。不動産担保の解除証書を用意し、取引実行のため銀行にアポイントを入れ、不足書類がないか一つ一つチェックしていく。そうしたところで、さらにもう一段階、値下げを要求されました。
出ました。
三度目です。
すでに稟議も通っています。もう一度やり直すとなると、説明も必要です。しかし、その不動産は正直なところ、当初の交渉条件が割とよかったのです。ここで親族会社に引き取ってもらわなければ、次に同じ値段で買い手が現れる保証はありません。
結局、私は一度取った稟議を取り消し、値切られた価格で再度稟議を上げることになりました。当然、上司には怒られました。回収実績は担当者の成績になるので良かったといえば良かったのですが、不満を残しながら代金決済に向かったことを覚えています。
後日談
この案件には後日談があります。実は、親族会社が名古屋支店から行っている借入の一部に、S産業の社長の連帯保証が入っていました。S産業の社長もS産業と同時に自己破産してしまったため、契約上は親族会社もクロスデフォルトとなっていたのですが、なんと親族会社側の担当者がそれを見落としていたのです。
そして、かなり経ってから発覚
契約書上は本事象が「期限の利益の当然喪失」となっており、事務ミスだ遅延損害金どうすんだ信用格付どうすんだと内部的には大騒ぎになったのですが、それはまた別の話。私ですか?横で見ていましたが「親族会社の方は俺の担当じゃねーし、3回も値切るからこういう面倒ごとになるんじゃい」と心の底では思っていました。
