実録!企業倒産の現場から 第10話

企業再生支援

計画倒産で一族を守った社長の話

私が公庫を退職してから10年が経過し、守秘義務が解除となりました。とはいえ、そのまま書けば関係者が分かってしまう案件もあります。ですので、このシリーズでは、話せない部分には嘘を混ぜています。実話が六、作り話が四。そういう「実録もの」として読んでいただければと思います。

今回お話しするのは、岐阜にあったアパレル卸売会社「千石テキスタイル(仮名)」の倒産についてです。当社は移転前の岐阜支店のすぐ近くにあった企業で、社長は3代目。長い業歴の企業でした。

ここの社長は60代後半でしたが、金融機関との面談にはTシャツにジーパン、頭にバンダナを巻きアクセサリーをジャラジャラ付けて来る人物でした。何かと思いますがこれは会社の取り扱い商品がそういうものだからということでした。自分自身を広告塔にするという、商売人らしい発想の社長でした。

しかし、業績は繊維産業の悲しさ、ずっと左前で在庫処分を繰り返しながら資金繰りを維持しているような状態で、ついに自己破産に至りました。会社・社長とも自己破産を申請し、岐阜地裁によって破産管財人が選任されました。

私は、この案件の回収をイージーなものだと考えていました。本社、収益物件、駐車場など多数の不動産を当社は所持しており、それらに一番抵当を付けていたため回収可能性がかなり高かったためです。

私を幸せにした弁護士からの電話

そんな楽観的な私をさらに幸せにした電話がありました。倒産してからほどなく、社長の母親の弁護士から電話があったのです。

「請求額を全額支払うので、担保を解除してほしい。不動産は社長の母親が買い取る」

こんな嬉しいことがあるでしょうか。会社が破産すると金融機関が全額回収できることは稀で、何とか一部だけを回収し残りは貸倒れとして処理しなければならないことがほとんどです。それが満額回収できるとは。しかもかなりの短期間で。

渡りに船とばかりに私は書類を整え、稟議を取り、日程調整をしました。ただ、社長の母親が93歳で認知症のリスクがあると上司からの指摘を受け、弁護士に連絡を入れ事前に面談するよう求めました。弁護士はOKしました。

面談はスムーズに進みました。社長の母親はボケてはおらず元気で、広い家に住み、悠々自適の老後を送っていました。社長本人は自宅を引き払い、母親と同居中でした。母親は資産家で、他の金融機関に対しても担保物件の解除と不動産の買い取りを行っているとのことでした。その後、資金も無事回収できました。

気付いてしまった計画倒産

しかし、回収後どうも腑に落ちないところが私にはありました。どうしてこれだけの資産を持ちながら、息子の会社を支援しようとせず、倒産後に出てきて不動産を買い占めているんだろうと。

その時、はっと気付きました。これは計画倒産だと。

スキームはこうです。千石テキスタイルは会社として持たないということを悟った社長が、何年もかけて90代の母親に資産を集め、自己破産する。社長個人も自己破産する。

母親は経営に関与しておらず連帯保証人などでもないので、自由な立場で不動産を購入することができますので、このプロセスを通じて会社や一族の財産は母親に集約されます。つまり、今回の不動産の集約は実質的に社長と弁護士が裏で筋書きを作っていたのです。

やがて、そしてそれは遠くない未来ですが、母親は亡くなり相続が発生します。相続人は・・・そう、社長です。破産して銀行に取られたはずの資産が、相続を経由して社長のもとへ返ってくる。

おそらく、あらかじめ出口を想定して仕組みづくりをしていたのでしょう。そうでなければこうも手際よく対応は出来ません。おそらく泣かされたのは担保を持たない一般債権者なのでしょう。同業の多いこの世界ですのでこれが知れれば再起は困難ですが、社長はもう60代後半。家と収益物件と年金があれば、もう良いのでしょう。

教訓

経営者たるもの、業績不振で再起不能だからといって諦めたり、ダラダラと経営を続けるのではなく、脱出策を考えて実行を試みるべきです。満額回収はしましたが、経営者としてあるべきしぶとさを見た気がしました。