旅館シリーズその1 再生M&Aで救われた旅館
私が日本政策金融公庫を退職して10年が経過し、守秘義務が解除されましたため、当時担当した企業についてお話しできるようになりました。とはいえ、そのまま書けば特定されてしまうこともありますので、このシリーズではある程度のフェイクを混ぜています。実話が六割、作り話が四割。いわゆる「実録もの」として読んでいただければと思います。
これから数回、旅館シリーズをお届けしたいと思います。旅館業は当時、企業再生ブームというべき時代で、そこでは多くの企業再生、多くの企業倒産の現場があったためです。
木曽川に佇む雅な旅館
今回お話しするのは、木曽川沿いに建っていた老舗旅館の話です。仮に「旅館 水鏡」としておきましょう。この旅館は、木曽川を一望できる絶好の場所にありました。部屋によっては、夏に行われる鵜飼を部屋から眺めることもできるという、立地だけを見れば申し分ない企業でした。
しかし、旅館という商売は設備産業です。客室は古くなれば改装しなければならず、温泉設備や厨房、空調、配管なども定期的な更新が必要になります。宿泊客は「料理」「接客」だけでなく、「建物の新しさ」も評価します。そのため、改装投資を止めることは競争力を失うことを意味します。
しかし、何らかの理由で改装投資が困難になると、徐々に客足が落ち始めます。あそこが壊れていた、あの設備が古かった、汚くなっていたと色んな理由がレビューサイトに付けられ、じわじわと企業体力が蝕まれていきます。どこかで新規の借入を起こして改装をかければ再び成長軌道に乗せることも可能ですが、平成の時代には金融機関の体力が弱ったり、需要が低迷したりで新規の資金調達が困難な旅館が多くありました。
「旅館 水鏡」もそうした企業の一つでした。新規融資が止まり、リスケに移行する。需要が低迷しているのだから設備投資はせず、返済に回すことを求められる。売上はさらに下がる。返済が出来なくなる。ついには利息さえ払えなくなってしまいました。
それでも再生可能だったポテンシャル
私は現地を訪れました。こうした案件はほぼ、旅館の手入れが行き届かずあちこちに汚れや不始末が目立ち、従業員の質も低く不快な思いをさせられることが多いものです。ところが「旅館 水鏡」は違いました。建物や設備は一部手入れが行き届いていないものがあったものの、どこもピカピカに掃除されており、従業員教育も行き届いていました。
社長に聞くと「普通の旅館は客足が遠のくと従業員のシフトを減らすが、ウチは減らさず、館内の掃除をさせている。いつお客様が来るか分からないし、ここは東京から偉い人が来た時に市長や地元企業が出迎える『地域の迎賓館』なんだ。常にいい顔を見せないと」とのことでした。
これは、いける。
立地も良い、従業員も良い。考え方も良い。お金さえ回ればどうにかなる。
しかし、そのお金がどうにもならない。何しろ取引銀行は全て長期延滞、既に預金相殺がされ、保証協会が代位弁済。口座にお金が入ると相殺されてしまうので、ネット銀行を入出金口座に使っている有様でした。
そこで、旅館再生を専門に手掛ける再生ファンドへ話を持ち込みました。ファンドは現地視察の後、取り組みたいと言ってくれました。のちに聞いたところでは社長が買収の条件として「自身の65歳までの雇用」のみを要求したそうで、再生ファンドの担当者も「情けないやらかわいそうやら」とのことでした。
金融調整の失敗とグダグダM&A
取引行にこの話を持っていったところ、かなり困った顔をされました。当時は企業再生スキームというものがまだ地方まで浸透しておらず、第一地銀ぐらいならばまだしも信金・信組となると現場はまだ、金融庁から何やらそういうお達しがあったらしいという噂を聞いたぐらい、信用保証協会は企業再生に後ろ向きで求償権に対する再生手続きはそもそも「制度がない」という状態でした。
だいぶ交渉してくれたのですが、間に入る再生支援協議会もついに匙を投げてしまい、金融調整が失敗に終わってしまいました。ただ、再生ファンドは買い取りに積極的だったため、買収代金の中から残高プロラタで返済することを銀行ごとに交渉し和解をとりつけました。残高プロラタとは「残高に応じて」という意味の銀行用語で、A銀行が5000万、B銀行が4000万、C銀行が1000万の残高があった場合、会社が払えるお金を5:4:1で案分し、各銀行に支払うことです。
割とグダグダになりましたが、とにかく「旅館 水鏡」はファンド傘下に入り、たまたまファンド側に支配人として送り込む人材が足りていなかったこともあって、社長が平社員に降格してそのまま残って現地で実務にあたり、新社長にはファンドのトップが就任しました。今もこの旅館は営業を続けています。社長はもう65歳を過ぎたはずですが。
再生M&Aという道を忘れないで
もし今、これを読んでいるあなたが困難に直面した経営者だったとしたら、再生M&Aという手法もある、と心に留めておいてください。きれいな形でなくとも会社を残し、事業を残す道が残されているかもしれません。

