実録!企業倒産の現場から 第15話

企業再生支援

絶対に絶対に諦めない!ド根性菓子メーカー

私が日本政策金融公庫を退職して10年が経過し、守秘義務が解除されました。そのため、当時見聞きした企業のいくつかについては、お話しできるようになりましたが、関係者がまだおられるケースもあり、全てを明かすことは出来ません。そのため、実話が6割、嘘が4割の「実録もの」として読んでいただければ幸いです。

今回お話しするのは、三重県にあったお菓子メーカーの話です。会社名は「伊賀銘菓    忍宝堂」としておきます。実際の会社名ではないですよ。ところでこの会社、とにかく往生際が悪かった。私も企業倒産の現場をいろいろと見てきましたが、「普通ならもう終わっている」というところから、ここまで粘った会社はなかなかありません。

給料がどうしても払えない

忍宝堂は自社で工場を持ち、そこでお菓子を作って販売する、地方ではよくあるタイプの菓子メーカーです。主力商品は贈答用菓子で、主に企業向けでご挨拶やお詫びなどの時によく選ばれるブランドでした。地域での知名度もそこそこあり、安定した経営を続けていました。

しかし、リーマンショックにより、突然日本経済全体が冷え込みました。景気が一気に悪くなり、企業は経費を削り始めました。こういうとき、真っ先に削られるのが接待費や贈答品です。忍宝堂はまともに影響を受け、売上が急減しました。しかし、工場は維持しなければならない、従業員の給料だって払わなければならない。

社長も必死に走り回って金策をしていました。しかし、業績が戻らない会社に新しいお金を貸してくれるところはなかなかありません。銀行返済が止まり、社会保険料が止まり、そして、とうとう給料までもが払えなくなりました。遅れては払い、遅れては払い。しかしそれも焼け石に水、需要が戻らず売上が上がらない状況で、とうとう給料遅配が3ヶ月を超えました。従業員もさすがに我慢の限界です。

忍宝堂は労働基準監督署の立ち入りを受けることになりました。労働基準法(給料を毎月払うこと)違反と最低賃金法(給料未払い)違反で社長が書類送検されました。地元の新聞でも報道され、レピュテーションも最悪の状況です。「あの時はどうしても払えなかった」と、のちに社長から聞いています。

「これは、もう駄目だろう」

誰が見ても、そういう会社でした。私もそう思っていました。ところがこの社長、ここからがしぶとかったのです。

開店!ド根性ケーキ屋

社長は、まず工場を閉鎖し売りに出しました。さらに従業員を全員解雇したのです。労働基準監督署に支払うよう言われた未払い賃金もそのままでしたが、さすがに従業員たちも呆れ果て、いつか支払われるはずの未払い賃金請求権だけを残して散り散りに去っていきました。

通常であれば、次は会社を清算します。

しかし、ここでなんと社長は商店街の一角に店舗を借り、「パティスリー忍宝堂」を開店。ケーキ屋さんになって復活に賭けたのです。お菓子工場から町のケーキ屋へ。贈答品ブランドだけは大事に抱え、社長が朝からケーキを焼き、昼は販売するという業態に転換。社長と家族だけで再出発を決めました。

債権者はお口あんぐりのアングリーバードです。お前延滞してるよな?起訴の件はどうなった?未払い賃金は?敷金礼金どこから出た?パティスリー忍宝堂って店名のセンスどうなん?

ところが、これがこの会社を生き残らせました。ケーキ屋は全てが現金商売。わずかに残った会社の資金をかき集め、現金仕入で原材料を確保。法人客ではなく個人客を相手にするため、入金も現金。つまり、次の仕入資金が確保できる。また現金で仕入れ、自らケーキを作り、売る。これを繰り返しギリギリの生存ラインを確保したのです。

社長が書類送検されて以来、銀行も支援を終了。借入金は全て延滞。自宅も売却し借りた店の2階で寝起き。銀行も一応資金繰りが回っている会社から無理やり回収はしない。社会保険料も未払い賃金もある時払い。全てがグダグダだけど今日も生きている。ぼーくらはみんなーいきているー    いきーているから金返せ。

そうこうしている間に景気がじわじわ回復してきて、法人向けの問い合わせも再開されてきたんですね。一応、社長も職人ですから贈答品だってお店で手作り出来ちゃうんです。大量生産は出来ないから大きく売上は伸ばせないけど、それがまたレア感を呼び、伝説のお菓子になる。お金は返ってこないけど盛り上がる。地域で声がかかるようになり、お店の一角でカフェも始めたりする。債権者の誰か1人でも強制執行したらこの会社は終わるんですが、ある時払いでちびちび返し続けるので、回っている限り敢えてトドメを刺しにくる者はいない。そうこうしている間に忍宝堂はド根性ケーキ屋として地域の中に溶け込んでいきました。

結局、私の転勤の方が先に来てしまいました。信用問題だから本当の会社名は言えないけど、ここの贈答用のお菓子は本当に美味しいです。この辺に来た時には「食わなきゃ審査出来ないでしょ」とか「買ったんだから入金してよ」とか言いながら購入してたんです。

10年以上経って、そして今

それから10年以上が経ちました。今回この記事を書くにあたって「忍宝堂は今どうなっているんだろう」と思い調べてみました。正直に言えば、私はもうなくなっていると思っていました。最近は社会保険料の徴収も厳しく、3年以上遅れるといつ差押がかかっててもおかしくない。そこで久しぶりに、本当の社名で検索してみました。すると・・・まだ営業していました。ここは最終的に再生したんです。少なくとも社会保険料は払ったのでしょう。

会社というものは「もう駄目だ」と誰もが思っていたとしても、そこからド根性で復活することが出来るのです。

工場を失っても、会社の規模が十分の一になっても、商売の形がまったく変わっても。それでもお客さんが一人いて、商品を一つ売ることができれば、明日につながることがあります。

絶対に、絶対に諦めない。

企業再生というと、立派な再生計画や金融支援ばかりが注目されますが、この会社はもっと泥臭く、根性で、時間をかけて再生を成し遂げました。

延滞してた融資がどうなったか分からないから、「たぶん」ですが