実録!企業倒産の現場から 第13話

企業再生支援

再生失敗!社長が隠した財産はどこに?

私が日本政策金融公庫を退職して10年が経過し守秘義務が解除されたため、当時担当した企業についてお話しできるようになりました。とはいえ、そのまま書けば特定されてしまう案件もあります。実話が六割、フェイクが四割。実が6なので「実録」という体で読んでいただければと思います。

今回は旅館シリーズ第2弾。舞台は富山県の宇奈月温泉。会社名は仮に「黒峡館」としておきましょう。

北陸に突如起こった旅館再生ブーム

宇奈月温泉は、法律を学んだ人には有名な「宇奈月温泉事件」の判例の舞台として知られていますが、今回の旅館はそれとは関係がなく、宇奈月温泉にあるごく一般的な旅館でした。当時はちょうどアベノミクスが始まり、リーマンショック後の景気がようやく持ち直してきた頃でした。そこへ北陸新幹線が開業し、東京から金沢、富山へのアクセスが劇的に改善します。それまで苦戦していた北陸の観光地には、一気に観光客が押し寄せました。

こうして起きたのが、宇奈月温泉など北陸地方の温泉旅館の再生・買収ブームです。これまで黒字を出すことが出来ず、旅館再生の土俵に乗らなかったような旅館やホテルを旅館ファンドが買いあさるようになり、自力再生を目指す案件も増えました。再生支援協議会、旅館ファンド、再生コンサルタント、金融機関。あらゆるプレイヤーが宇奈月に集まり、頻繁に会議を開催しはじめました。

こいうした中、黒峡館の再生をやりたいというメインバンクの意向を受け、私は富山へ向かいました。初めての富山でしたが、実はものすごく驚いたことがあります。それは「テレビカー」です。富山から宇奈月温泉へは「富山地方鉄道」という路線で向かうのですが、その富山地方鉄道のホームに関西で走る京阪電車の特急、通称「テレビカー」がやってきたのです。京都の時代祭行列の絵が描かれた、当時そのままの姿です。おそらく京阪から譲渡されてそのまま走っているのでしょう。

おかしな雰囲気を察する

黒峡館で社長と面談した私は違和感を持ちました。社長は会社の状況をよく把握しておらず、経理状況は叔母である女将が把握しているようでした。経営責任や代表者交代についても曖昧な発言を繰り返し、再生後の旅館の戦略についても語ることが出来ませんでした。

これは時間がかかる。

最初に抱いた感想です。企業再生は経営者再生であり、経営者が再生への道筋を見つけ、経営責任の覚悟が決まった時に進みだすものです。とはいえ、再生プロセスに入ると多くの経営者は道を見つけ、覚悟も決まっていくものですので時間をかければ進展する可能性もあるだろう、と思っていました。

メインバンクの担当者は温厚そうな人物で、話を早く前に進めたそうな様子でしたが、こちらの意見を伝えるとうーん、と顔をしかめていました。とにかく、継続審議であるという形で、進んでいるのか進んでいないのか、そういう時間がしばらく流れました。

会社側主導で進む再生、しかし

しかし、会社側は手続きを進めたがりました。予約の入りがじわじわと良くなる中、債権カットや返済の長期据置(DDSという手続きを取り、借入金を事実上資本化するもの)を得られるチャンスなので、どうにかならないかとのことで、バンクミーティングが進み、再生に向けた戦略がぼつぼつと「女将から」語られ始めました。社長は依然あいまいな態度を続けていました。ふらりとどこかへ出かけて地域にいなくなる時期もあり、私としてはあまり関わるべき案件ではない、と考えていました。

メインバンクの担当者は相変わらず温厚な態度で話を前に進めたいので協力してほしい、と打診してきましたが、そこで事件が起きたのです。社長の姉が亡くなったのです。

遺産はどこへやった!?

社長の姉は、長年地方公務員として勤めた人で、定年後すぐに亡くなりました。生涯独身で法定相続人は社長だけでした。葬儀が行われ、様々な手続きが終わった後のバンクミーティングで下位行から意見が出たのです。

「私的整理を行うにあたり、連帯保証人である社長の財産開示と、遺産の弁済資源への組み入れを」

当然ですね。遺産が入ったのはたまたまでしょうが、連帯保証人としての責任の取り方というものがあります。当時は社長は自己破産が原則、特別な事情があれば保証人ガイドラインの適用を検討する、というあり方でしたし、今だって資産を抱えたまま再生はさせないでしょう。

社長は激しく抵抗しました。遺産は返済しない、いくら相続したのかも開示しないと主張し、下位行のみならずメインバンクの担当者からもそれは問題だという指摘が入りました。そうして何度か協議が行われました。そしてとうとうメインバンクの担当者は最後通告をします。遺産を開示しないのなら再生手続きを打ち切ると。

とうとう明かされなかった遺産

最終回のバンクミーティングは、異様な雰囲気の中で始まりました。メインバンクの担当者は上席を引き連れ表情は固く、下位行は担当者ではなく支店長と審査部長が出席、再生支援協議会も統括責任者が来るという構成で、担当1人で来たのは私だけという大変肩身の狭いバンクミーティングでした。

最初の議題が社長の経営責任と資産開示でした。しかし、メインバンクの最後の説得にも関わらず、社長は遺産の開示を拒否しました。再生支援協議会もこれはやむなしとの判断に至ろうとしたその時です。メインバンクの担当者が顔を真っ赤にして社長を怒り出したのです。我々は会社の再生のため損失を被ってでもと思いここまで取り組んできた、地域の活性化のため出来ることをするんだという思いでこの場をセッティングしたんだ、問題は保証債務だけなんだ、どういうつもりだと。

大変なことが起きてしまったと思いました。隣の上席は立場上担当者を擁護せざるを得ない、再生支援協議会は慌てて止めに入る、下位行や私は何も言えず動けない。社長は血圧が上がりきったような表情で黙って担当者を睨みつけている。結局その場で散会となり、再生手続きは終了しました。会社はしばらく民事再生の道を模索していましたが、やがて破産しました。

遺産は最後まで明かされることはありませんでした。個人で抱えていた借金の返済に回った(これも偏頗弁済です)とか、こっそり裏カジノに通っていて使い果たしたのだとか、地域では噂が回りましたが、本当のところは私には分かりませんでした。好意的に受け取れば、再生後の設備投資資金としてプールしておきたかったのかもしれません。

しかし企業再生の現場では、全てを明らかにし公明正大に交渉に取り組む必要があります。それが出来なかった黒峡館は、信頼を失い再生の道を閉ざしてしまいました。