幸せな自己破産
今回お話しするのは、名古屋にあったバイオベンチャーの話です。バイオベンチャーといっても流行りの創薬系ベンチャーではなく、植物から石油に似た物質を作ろうとするいわゆる「石油ベンチャー」と呼ばれる分野の会社でした。仮に、会社名を「グリーンオイル研究所」としておきます。
植物から石油を作る会社
グリーンオイル研究所は、植物由来の原料から石油類似物質を作り、それを工業用途に展開していこうとしていた研究開発型の会社でした。その植物がなんという名前だったかはもう忘れましたが、脱石油・石油枯渇対策・国産エネルギー。ベンチャーらしい夢のある事業を展開していました。
ただ、こういう会社は非常に難しい面もあります。研究開発には時間がかかります。設備も人件費も必要です。しかも、研究が成功したとしても、それがすぐに売上になるとは限りません。また、実験室でできることと、商業ベースで安定生産できることは違います。さらに、それを顧客が買ってくれるかどうかはまたまたさらに別の問題です。
グリーンオイル研究所も、まさにその壁にぶつかっていました。債権回収担当である私のところに来た時、グリーンオイル研究所は民事再生を申し立てていました。
スポンサー付き民事再生
スポンサーは、石油化学系の大手企業でした。ここでは「中京石化」としておきます。大手企業である中京石化がスポンサーになり、一定の買収代金を支払い、それを原資に民事再生の弁済原資とし、事業を引き継ぐ。そういう筋書きでした。
民事再生というのは倒産手続きの一つで、事業を継続しながら裁判所の関与のもとで債務のカットや弁済方法などについて協議していくというもので、破産とは異なります。事業を継続し、雇用を残し、取引先との関係もできるだけ維持する。その代わりに金融機関や取引先には一定の債権カットをお願いする。それによって今すぐ破産するよりも多く回収が見込めるので、金融機関にその条件を飲んでもらうというものです。
ですから、スポンサーがいる民事再生であれば、金融機関側もある程度は受け入れざるを得ない。そんな空気感で手続きを進めていました。
スポンサーが手を引いた
ところが、です。民事再生の手続きが進み、いよいよ最終局面に入ったところで、問題が起きました。
「では、いくらで買収するのか」
その具体的な金額を詰める段階になって、スポンサーである中京石化が突然、手を引くと言い出したのです。これには驚きました。それまでスポンサーとして話を進めていた大手企業が、最後の最後で降りる。そうなると、民事再生計画は成り立ちません。スポンサーが買収代金を出すことを前提に組み立てられていた手続きが根元からひっくり返りました。代わりに買収してくれる企業も今から探さなければなりません。時間が足りない。
結果として、グリーンオイル研究所の民事再生は失敗に終わり、破産へ移行しました。金融機関への配当見込みはゼロ。当然です。買ってくれるところがないのですから。備品などを多少換金できたところで、手続き費用や税金などで持っていかれて銀行の取り分はありません。
つまり、金融機関から見ると、完全に取りっぱぐれた形になりました。
スポンサー、再臨
ここまでなら、民事再生事件では時々ある話です。ところが、この案件には続きがありました。グリーンオイル研究所が破産に移行した後、なんと、最初のスポンサーであった中京石化が再び、買収を提案してきたのです。民事再生のスポンサーとしてではなく、破産後のM&Aとして買収するということです。買収価格は、民事再生の時に想定されていた価格よりも大きく下がっており、やはり金融機関への配当見込みはゼロでした。
これは金融機関側からすると、非常に嫌な展開です。スポンサーに足元を見られたわけですからね。自分が引いたら代わりはいない、破産になっても設備の引き取り手もない、と見透かされ、だったら値切って値切って破産に移行してから買ってやろうと思われたわけです。
しかも、民事再生は債権者の投票によって成否が決まるので不満ならば賛成しなければよいのですが、破産だと債権者が経営に口を出す余地は全くなく、破産管財人弁護士による財産換価の配当を待つしかありません。しかも今回はそれもない。
担当者としては、正直なところ、
「やられたな」
という感覚でした。
連帯保証人も早々に
会社から回収できないとなると、次に見るのは連帯保証人です。中小企業金融では、当時はまだ社長個人が連帯保証人になっていることが一般的でした。会社が返せなければ、社長個人に請求する。これが通常の流れです。
そこで、社長個人の状況を確認しようとしましたが、社長も早々に自己破産していました。会社は破産。社長も自己破産。金融機関としては、もう手の出しようがありません。
ただ、こちらとしても、社長の顔も見ずに終わるのは納得がいきませんでした。お金が取れる取れないは別として、やはり一度は会って話を聞きたい。
そこで、社長に会いに行ったところ、社長はなんと中京石化に入社していました。それも事業部長待遇です。これまで進めていた研究開発をそのまま続けてほしいと言われている、というのです。
こんな幸せな自己破産があるのか
その時の社長の顔を、今でも覚えています。とにかくにこにこしていました。会社は破産した。個人としても自己破産した。借金は整理された。そして、大手企業に入社した。安定した給料がある。しかも、自分がやりたかった研究開発を続けられる。
通常、自己破産後の立て直しというのは大変なものです。会社を失い、信用を失い、生活を立て直すのに苦労する、経営歴が長くなると再就職先も減ってくるし、そもそも経営者以外の生き方が出来なくなる。そういうケースも少なくありません。ところがこの社長はあっさりとサラリーマンに転職し、高給を貰えました。経営者というより研究者に気質や適性があった人なのかもしれません。
「こんな幸せな自己破産があるのか」
金融機関側から見れば、たまったものではありませんが、倒産の現場には、悲劇だけでなく、こういう奇妙な結末もあります。誰かにとっての破産は、別の誰かにとっての再出発になる。そして、その再出発の裏で、金融機関が損失を引き受けていることも多いのです。
本件について
私が日本政策金融公庫を退職してから、すでに10年が経過しました。守秘義務との関係で、当時は口にできなかった話の中にも、今ではある程度お話しできるものが出てきました。とはいえ、現在も事業を続けている会社もありますし、関係者の方々もおられます。ですので、この「実録!企業倒産の現場から」では、話せない部分には嘘を混ぜています。実話が6、作り話が4くらいの割合です。企業名もすべて仮名です。
